夢魔


低くうなる携帯のバイブ音で目が醒めた。
少し横になるだけのはずが、ずいぶん熟睡していたらしい。
いつの間にか日は沈んでいる。
暗闇の中、携帯の画面だけがまばゆく光っていた。
ひどく背骨が痛む。制服のまま直に畳に臥していたからだろうか。
いくらかの尿意と喉の渇きも覚える。
(疲労が溜まってたんだな……)
双葉を泊めなくなって一週間が経つ。
夢魔の出現はピタリと止んだ。
だが、夜になると忌まわしい記憶が亡霊のように憑きまとう。
かつて淫夢を見せて安眠を妨げたあの男は、眠りそのものを奪う存在となった。
強迫的に脳裏を襲うあの夜の艶事は、再生されるたびにより悪意の込められたものへと塗り替えられていく――。
背後から腰を打たれるリズムに合わせ、悦びの旋律を歌う清彦。
快楽に囚われた意識の中で、視界だけはハッキリと隣の少女を捉えていた。
熟睡しているはずの双葉の瞳は、うっすらと見開かれている。
虚ろの状態を装いながら、冷ややかな笑みを目許に湛えている。
やがて精が放出される予感と共に、ピストンが激しさを増す。
欲棒がより深いところを抉り、急速に蕩けていく意識の中。
双葉の口が何かを呟くように動いていた……。
あの夜、本当に双葉は眠っていたのだろうか――?


久々の熟睡に、しばらく余韻に浸っていた。
その間も携帯は鳴り止む気配を見せない。のろのろと上体を起こし、清彦はそれに手を伸ばした。
双葉からだ。
心の傷痕が刺激され、ジグジグと痛み始める。
あれから、双葉との接触は学校だけに限っていた。
電話での会話もあの日の夜を境に一度もしていない。
意図的に絶ったわけではないのだが、自分の部屋で彼女の声を聴く気にはどうしてもなれなかった。
頭ではわかっている。
夢魔の出現と双葉に何らかの関わりがあったとしても、彼女自身に罪があるわけではない。
自分になついてくれている十年来の幼馴染じみを、無碍に扱うのは本意ではなかった。
恋愛の対象ではなくとも、双葉は清彦にとってそれなりに特別な存在だったのだ。
(大丈夫……部屋に上げさえしなければいいんだから)
長い逡巡の後、震える指で清彦は通話ボタンを押した。
しかし――。
「もしも……ッ!」
声帯を強く震わせるはずの声が、上滑りしたように高いキーを放った。
肉棒を媚びねだった時と同じ、甘ったるい姫声。
(な、なんで? 双葉は……ここにいないのに……)
思考と携帯を放置して、清彦はしばらく固まっていた。
気づいたときにはすでに通話は切れていた。
携帯の画面だけが照らしていた部屋は再び陰鬱な闇に包まれている。
首筋にかかる長い髪の感触が、視覚のない状況でも否応なしに事実を突きつけてくる。
(……! アイツは……?)
ようやく今後の憂いに思いを巡らせる。
少なくとも気配は感じられないが、あの夜だっていつの間にか背後にいたのだ。
おそるおそる立ち上がって電灯のスイッチを入れた。
だが、伺えたのは鏡に映る少女の姿のみだった。
眩い黄金色の髪。
透き通るように白い柔肌。
落日のような深紅のセーラー服が対照的だ。
穢れた欲望とは無縁の、あどけない少女。
そこに清彦の面影は微塵もない。
(こんな姿で……アイツに犯されてしまったのか……)
自分が求めさえしなければ、この清楚な身体は汚されたりしなかった。
そんな加害者めいた気分がこみ上げてくる。
それにしても――。
今夜はこのまま、一人の時間を過ごすのだろうか?
いつ現れるとも知れない夢魔の姿に怯えながら、
元に戻れるという保証もないままに、
一夜を明かすことになるのだろうか?
ゾッとしない想像に心の奥底が急速に凍えていく――。
玄関の外から話し声が聞こえてきた。
「『もう二度と来るな』なんて言ってた割に、一週間も持たずに清彦のほうから誘ってくるんだから。
きっと毎晩枕を涙で濡らしてたんでしょ?」
(え……双葉?)
そして会話の相手は――
「ええ。ですが今夜は悦びに咽び泣くかもしれませんね。嗚咽が聞こえてきても、お気になさらず眠ってくださいね」
夢魔だ。
「えーやだなあもう。あたしの安眠を妨げないでね」
(双葉は夢魔を僕だと思ってる……?)
口調も声質もまるで違うのに、まるで訝しんでいない。
ガチャガチャ、と鍵穴にキーが差し込まれる音がした。
(まずい……)
ドアが開かれる直前、とっさに清彦は身を隠す場所を探していた。


続く

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